Nikkan Kogyou Shinbun
近年、地球レベルで急速に進む気候変動に起因する大型台風等の自然災害が多発している。既存のアプローチや対策法を根本的に見直す時期に来ているのではないだろうか。気候変動の原因を注視し、根本的な解決策を見つけることも重要であるが、一方で長期的視点から自然と都市の在り方を再考し、安全かつ健康的に生活できる環境を整えていくことも必要だと思われる。こうしたなか、世界ではこれらの新しい課題に対し、ランドスケープデザインに注目が集まっている。
私はランドスケープデザインの専門家としてアメリカで学び、現在はサンフランシスコと東京を拠点に活動している。一般的に我々の仕事は美しい庭園や整備された景観をつくることで生活環境を豊かにすることだと思われがちだが、アメリカでは都市計画、建築、生態学、地質学、自然科学、ファインアートなどを横断するように位置づけられ、自然環境と呼応し多様な要素を総合的に扱う分野であり、その対象はスケール、タイプ共に多様である。
ランドスケープアーキテクチャーの父と称されるフレドリック・オームステッドは、150年以上前にニューヨークのセントラルパーク、サンフランシスコのゴールデンゲートパークやボストンのエメラルドネックレスなどの都市公園を計画、設計している。これらの公園は都市に貴重な生態系を築き、自然環境を提供することのみでなく、公衆衛生の改善や水害を防ぐグリーンインフラとしての機能も有しており、多義的なプロジェクトとなっている。このように、ランドスケープデザインは、都市スケールで環境と向き合うことで、全体を俯瞰しながら都市、エコロジー、エネルギー、防災など、様々な側面を考慮したうえで、バランスを保ちながら時間とともに成熟していく環境のフレームワークを構築してきた歴史を持っている。
近年大規模な水害が多発しているアメリカでは、ニューヨークを含む大都市で、防潮堤などの部分的な対策ではなく、都市全体のマスタープランを見直すことで、災害に強い都市を構築していこうとする新しい試みが出てきている。このような取り組みのなかでは、都市計画、建築、土木といった個々の専門分野に比べ、これらを包括的に扱うランドスケープデザイン的視点が有効だと考えられはじめた。実際、ランドスケープデザイナーが主導権を取りながら都市構造を再考していくことで、これまで見過ごされていた要素などを取り上げ、より環境と向き合った都市の構築が進められている。
現在我々が多数のプロジェクトに携わっている中国においても、同様にランドスケープデザインへの期待は高まっている。急速に経済成長と都市化を続ける中国においても、洪水や水不足などの問題は深刻化しており、これらは自然資源や環境と社会のバランスの崩れが原因だと認識されている。これらの問題に対して中国では、スポンジシティーという再生水利用を含めた雨水管理を徹底した災害に強い都市を目指す国策が立ち上げられた。これは、包括的かつ総合的な都市スケールの解決策を模索しようとする取り組みであり、ランドスケープデザイン的な視点でこれまでの都市を見直すことにより、水資源の管理、循環、保護を目的とする新たな自然型インフラ(グリーンインフラ)を都市の中に構築することを目的としている。ただし、このような取り組みは歴史が浅く、行政側の専門知識や具体的な取り組み指標などが欠如しており、スポンジシティーの実現に向けた具体的な施策や解決策は、ランドスケープデザイナーからの提案に期待されている部分も多い。
我々は去年開催された北京花万博において、民間デベロッパーである万科がスポンサーとなったパビリオン「植物館」の設計に携わり、本来ランドスケープが持つ機能性に着目することで今後のスポンジシティーの可能性を実験的にデザインする機会を得た。この万博は、自然環境を尊重する姿勢を養い、環境共生型社会の実現を目指すというコンセプトのもと開催され、我々が担当した「植物館」では、植物が持つインテリジェンス(知)をテーマに、館内で人工的に復元されたマングローブ生態林を含む植物園が展示された。外部空間においては、地面が持つインテリジェンス(知)をテーマにした「スマートトポグラフィー」というコンセプトのもと、教育的な要素を含むランドスケープを通して環境共生の形を提案することにした。
プロジェクトを進めるにあたり、先ず敷地周辺の気候や年間降水量、地下水、地質などについて調査をすることで、このエリアが乾季の間水不足となること、土壌の大半が粘土質であること、比較的高い地下水位が雨水の地下水涵養を困難にしていることが解ってきた。その結果、今回のプロジェクトにおいて最適な環境共生の取り組み方針をネットゼロウォーターと位置づけ、雨季の間に降る雨を効果的に貯水し再利用するためのランドスケープを提案することにした。
ネットゼロウォータの実現にむけて地形を丁寧に造成することで、敷地内の雨水を効果的に集水、貯水、そして循環させることができると考え、雨水や人の動き、そして植生や動物の成長をコントロールする「スマートトポグラフィー」というインテリジェンスの詰まった地形のコンセプトを考案した。まず、航空写真を通して様々な地形とそれらを覆う植生のパターンをスタディーすることで、地形の特徴とその機能性の関係を理解することを試みた。次に、モデリングクレー(粘土)を使い、敷地内に雨水の流れをイメージした流動的で美しい彫刻的な地形デザインを創りあげた。この作業は、我々ランドスケープデザイナーにとっては極めてアート的な側面のプロセスである。その後、この地形が持つ機能性を科学的に解析するために、クレーモデルをデジタル3D化し、ウォーターエンジニアとの協同を行った。ここでは、アートと科学の融合的なプロセスとして、地形の改良と解析シュミレーションを繰り返すことで、ネットゼロウォーターに最適でありかつ風景としても美しい地形にたどり着くことができた。
我々は、このエキスポという特別な場所において、都市が抱える問題や環境問題について考えるきっかけをつくり、美しい風景や景観のみならず、アクティブに環境に対応し機能するスマートなランドスケープを創ることで訪れる人たちに学びの場所を提供することができたと感じている。
それぞれの要素がお互いを抑制するのではなく、良い影響を及ぼし合いながら、お互いにとって適切なバランスを保つことを目的とするランドスケープデザインは、表層的な美しさだけでなく、その場所が織りなす美しい関係性をも描くことができる。人類がどのように地球環境と呼応しながら行動するべきかを問われている昨今、ランドスケープデザインには多くの可能性があると感じている。